経済発展に必要なもののうち、近年とりわけ重要なのは資本、情報、そして技術である。これに対して、二〇世紀の三番目の四半世紀までは資本、労働、資源だったろう。日本についてみると、貯蓄率が高かった二〇世紀後半には、資本で困ることは少なかった。国内で資本を十分賄えた。労働も大量に供給があった。そして資源もまた、自由貿易をフルに活用した製品輸出=資源輸入の方式で世界中から調達してきた。日本の国民経済の仕組みはよく機能したのである。しかし、二〇世紀も最後の四半世紀に入ると、地球規模の短期資本移動はよりダイナミックかつ迅速になった。通貨貿易の年額が、財・サービス貿易(通常の貿易)の年額を凌駕するのは一九八六年、「プラザ合意」の翌年である。労働についても、とりわけ技術開発や金融など、創造力・想像力を要する第一線の労働供給は遅れている。換言すれば、英語を使って迅速で適切な判断を行える労働力が不足しているというほかない。残念ながら、技術もソフト面に重心が移れば移るほど、日本の弱さが露呈する。カールーマルクスの考えた資本主義経済で成功するのと、ジョージ・ソロスが実践する資本主義経済で成功するのとは違う。資本、情報、そして技術のすべてで、日本の資本主義の適応力は緩慢としているのではないか。失われた一〇年における苦しみの本当の源はそこにあるのではないか。これが、私が日本を失敗国家と呼ぶ所以である。