1920年代には、エミールの進取の気性を反映して多くの新製品が登場した。しかも、そのいくつかはエルメス発祥だということが忘れられるほど一般化している。ファスナーは、その代表的なものだろう。第1次大戦中、軍事用の皮の買い付けのためにカナダに派遣されたエミールは、アメリカ軍が車の幌に使用していたファスナーに目を留める。その利便性に驚いた彼は帰国後に特許を買い取るや、製品への応用を始めた。1923年にはファスナーを取り付けた最初の鞄として「ブガッティ」(現在の「ボリード」)を発表する。財布などの小物も次々に登場し、ファスナーは「エルメス式」と呼ばれるほどの人気を集めていく。シャネルも早くからファスナー人気に目をつけ、洋服に応用することを考えた。だが特殊な縫製のため彼女のメソンでは対処できず、しばらくの間、エルメスの職人がシャネルの製品にファスナーを取り付けていたという。1929年には英国皇太子(のちのウィンザー公)が初めて、ファスナー付きの革製ブルゾンを着用しているが、これは当時としては最高のお洒落だったのだ。旅行やスポーツ、日常的な移動に供するための様々な製品を発表していくなか、エミールは統一的なブランドイメージにも関心を向けるようになった。この時期のポスターには、ポロ競技などの馬のデザインやモダンで贅沢な旅のイメージが頻繁にとりいれられ、馬具工房としての伝統と時代に即した革新が強調されている。ポスター作家として名高いカサンドルが制作したものなどは、それ自体の芸術性が後世にも高く評価されている。エルメス製品は総じて馬具に由来する簡素性と実用性を特色としているが、これが当時流行していたアール・デコや構成主義のデザインと親和性が高かったことも、デザイン面での評価を確立するにあたり幸いしている。時代をリードした芸術家ル・コルビュジエも、エルメス製品を「機能的で見事な出来映え、装飾のいかなる過剰もない大胆な美しさ」と賞賛しているほどだ。1926年には他のブランドに先駆けて、フォーブル・サントノレの本店でいまやエルメスの名物ともなっているウィンドウ・ティスプレイが始まった。現代にいたるまでヨーロッパの人々には、エルメスのようなプレミアム・ブランドの店舗に気軽に入るという習慣はない。夢のあるディスプレイは、店の前を通りかかる女性たちの注目を集めていく。イメージへのこだわりはネーミングにも反映されている。さきのファスナー付きバッグ「ブガッティ」は、当時を代表する高級車メーカーに因んだもので、高級感や時代性という面で相乗効果が期待されているのは明らかである。