開発着手(1965)以来、約35年、いわゆる街びらき(1970)以来、約四半世紀を経た多摩ニュータウンは、様々な要因のもとで目標実現への歩みを辿ることとなる。多摩市の通勤パターンの変化は、1978(S53)年と88(S63)年に実施された東京都市群パーソントリップ(次、PT)調査と国勢調査(次、国調)によりマクロに把えることができる。その詳細は、第5章に譲るとして、ここでは、手法見極めの一環として概観してみたい。前者のPT調査(多摩市・稲城市を含むゾーン)では、夜間人口の増加が1、47倍(1988/78)であるのに対して、従業人口は、1、66倍(88年の段階では稲城市の街開きはなされていないのであるが)であり、この地域での事業所立地が急速に進展していることが見て取れる。これに対して、通勤トリップは、1、44倍で、当然のことながら夜間人口の伸びに相関していることが読み取れる。