日本の大学は、最も「母性原理」が貫徹されていて、勉強するものも怠け者も等しく愛しいわが子として最大限保護してくれている。この点、高校以下の教育機関が暗黙のうちに競争原理を働かせているのと対照的である。それゆえ、「母性原理」という点から見ても、大学こそはグレートマザーにもっともふさわしいのである。そして、ここが大事なところなのだが、日本の社会では、母なるものという象徴が付与された対象には「甘え」が許容される、ということである。本人も甘えるし、また周囲も甘やかす。「どちらの大学」と尋ねられて「一応、東大です」「まあ、お出来になるのねえ」「いや、そんなことないですよ」(と言いつつ、うれしい)、といった母校への甘えと甘やかしは、確かに幼稚なタソタリティーではあるが、幼稚であるが故によりいっそう人格の深層レベルと深く結びついている。だからこそ、いつまでたっても「母校」から心理的離乳ができずに、東大や早稲田、慶応を出たのが唯一の自慢、というやからを輩出することになる。