先取りダイエットとカウンターパンチ

2011-03-05

一九七六年の日本といえば、まだ「女性はちょっとぽっちゃりしてるくらいが魅力的」という考え方が圧倒的で、女性誌の健康相談には必ず「太り過ぎ」と「ヤセ過ぎ」、両方の悩みが寄せられるのが当たり前、たいていの人が「ちょうどよくなる」ことをよしとしていました。「ダイエット」という言葉は、まだ日本には存在しません。そんな中、わずか十一歳の身で私か「標準よりずっとヤセた体になるための減量」を始めたというのは、(その幼さで)×(太ってもいないのに)という意味で、珍しさの二乗でした。小学生当時の私は、身長も体重も揃って平均値より少しずつ多い程度の標準体型。ただ、はじめから骨格や肉付きがしっかりしていたために、成長期前の少年少女にありかちなあの、棒きれのような骨っぽい脚、ペッタンコの板ぺらのような胴体、といったガリヤセ体型になったためしが一度もなく、そのタイプの同級生たちをいつも羨望のまなこで見つめたものでした。それというのも「標準よりずっとヤセだ体こそがカッコいい!」という美意識に取りつかれていたからです。どちらかというとマセガキだった私か、セクシーな女性といえば豊満な肉体美、というのがお決まりだった古典的なパターンに逆らって抱いていた、「贅肉がギリギリまで削ぎ落とされた、女豹のような肢体こそがセクシー」という信念。それはあたかも、十年あとに来る流行を予見していたかのようでした。私か手にしたのは、アメリカの肥満者のためにお医者が書いたという「バリアクトリス方式の食餌療法」とやらの、通販でしか手に入らなかった輸入本。ところで「食餌療法」つて何のことでしょう?元の英語で言えばdietそう、「ダイエット」とは、元々そういう意味で使われていた治療用語だったんですね。このダイエット法のルールは次の通り。?面倒なカロリー計算は不要、お好きな物を、お好きな量、食べられます。(ココが一番甘ったるい釣り文句)?以下のリストの中から、お好きな物をどうぞ。一野菜、果物(ただし炭水化物の多いバナナを除く)、肉の赤身、魚やエビ・海藻など海産物、卵、プレーンヨーグルトやチーズなど比較的乳脂肪分が少ない(つまり生クリームやバター以外の)乳製品?おかずにマヨネーズやケチャップを付けず、サラダにドレッシングをかけず、薄味に慣れま?調理法は油脂を使わなくてすむ、蒸す・煮る・ゆでる・生食を積極的に。もちろん揚げ料理はダメ。肉や魚を焼くときに植物油少々を使うのは認めますが、手に入れば油を使わずに焼けるフライパンを使うか、オーブンでグリルするなど工夫を。さて、ここで「食べていいものリスト」の中から念入りに取り除かれているものが何だかわかりますか?それは、炭水化物や砂糖といった糖質食品と、油脂。要するにこれらが「太る食品」だから省いてヨシ、その代わりビタミン食品の野菜とタンパク質食品とをたっぷり摂っていれば、健康は十分保たれる、という思わず納得させられてしまう理屈なのですが、そう思ったら実は大間違いで、こんなルールに従っていたら体の機能はどれほど破壊されるのか。ともかく私は、小六の始めから終わりまでのおよそ一年間、このダイエットを原則的にはほぼ忠実にやり続けました。ただし、給食のパンについては、ジャム・マーガリンの類はつけずに一枚だけを食べることにし、また子供心で残した例外として、砂糖の分量を大幅に減らした自作のケーキや、油ぎってないタイプのポテトチップスなど、決めておいた特定のお菓子をつまむことを、週に一度か二度ほど自分に許していました。それでもなお、体は立派に「拒食症」の症状を深刻化させていったのです。大体、それまで自らの食欲に無邪気・無防備な食生活を送っていた人間が、急に食べる量を大幅に減らしたりしたら、それが初めてのことならとりあえず体重は減るものです。けれど食べずに減らした体重は、半年もしないうちに下げ止まります。閉じた減量ドアを無理やり押し開こうとカンパつだ人は、あっさり拒食症ゾーンへ突入とあいなります。私もまた、小六の三学期には、頭髪はボロボロ抜け落ち、爪はデコボコ、顔色は土気色で唇は紫色、おまけに頬の輪郭まで奇妙にむくんだ形となっていて、全身はひんやり冷たい低体温状態−と親から見ると明らかに異常な様子だったのですが、当の本人は、半飢餓状態の時にその苦しさをマヒさせるために分泌される脳内麻薬・エンドルフィンのお蔭によって、栄養が足りなくても何やら体はセカセカとよく動いてご近所をしょっ中ジョギングしてしまうんですね。しかも、真冬に上着ナシの薄手のセーター一枚でも寒さを感じずにいられて、「私はこんなに健康!」という。幻覚の中に酔いしれていたのでした。小学校卒業を前にして、私は母の必死の説得によって、とりあえず拒食症状態からは撤退することにします。一日に最低、茶碗一杯は白いご飯を食べること。それに従い始めたトタンにめきめき戻り始めた体重に恐れをなした私は、続く中一の一年間、今度は激しい運動でカロリー消費することによって、ヤセだ体型を維持することに決め、学校一運動量が過激だったバスケ部生活を続けました。が、その結果はといえば。小六の一年間で減った体重七キロが、中一の一年間できっちり七キロ帰って来たのです。それも以前はしっかり筋肉も付いていた太腿などが、ぶよついた脂肪質の姿に置き換わるという形でもって。これが「リバウンド」という、体にとって当然な取り戻し作用だなんてことは当時わかるはずもなく、私は途方にくれました。普通より相当少なく食べ、相当激しく動きながらでも、人は太れるのです。しかも、日々筋肉トレーニングをしながらでも、筋肉ではなく脂肪ばかりを増やせるのです。ちなみに、この女子として最も大事な成長期の二年間、私の体は体重以外のあらゆる成長が凍結停止状態となってしまったことを付け加えておきましょう。さて、中二になってからようやく私は、バスケ部には。もう体がついていけないという内心の悲鳴に素直に従って退部し、帰宅部の言貝となります。それから、モントリオール五輪でコマネチを見て以来憧れだった器械体操を、初心者向けに簡単なものだけ教えてくれる手ぬるい教室に週二回だけ通い、残りの曜日は帰宅部仲間だちとちんたらつるんで買い食いして帰るという生訪になじんでいくうちに、食べ物に対する規制を緩め始めました。週に何度かアイスクリームーコーンを食べ、市販のケーキへの恐怖心はまだ解けなかったので、砂糖の分量を減らした自作のケーキやパイを、月に何度か、一度に何切れも食べ、さらに画期的だったのは、ご飯やパンなどの主食を、毎食欠かさず取るようになったのです。すると、驚いたことに私はみるみる細くなり始めました。十一歳のまま止められていた身長が三センチ伸び、体重は逆に三キロ減って、小学生の時いつも願っていたという状態に、気がついたら、という感じでなっていたのでした。「私は、食べないと太って、食べるとヤセる体質になっだのかな」と愉快に思ったものでした。

[参考サイト]
http://www.fiskevannet.net/report02.html


http://www.amorodo.com/ad02.html


http://www.smithc.net/